2013年5月14日火曜日

Love for love's sake

タイトルは恋愛至上主義って英訳したらどうなるかなぁってやってみた結果です。
グーグル先生とエキサイトさんでタイトルの訳。
Yahoo!!!!!ではThe principle of love supremacyって出ました。
見た目何となくこっちの方がかっこいいんだけど、すごく説明的なので、上記採用です。

さて、taikoさんのBlogに恋愛至上主義という言葉が出ていて、数年前に自分が書いた文章を思い出しました。
私は恋愛至上主義だと、やっぱりそこでも宣言してるのですが、恋愛観が人それぞれであるように、恋愛至上主義と一言で言っても、目指す形と言うか、許容できる形は、それぞれだと思うのですね。
そんな話を少し。
というのも、たまたま昨日お出かけ先で恋愛についての話になって、続きを話そうな途中で、SLの不具合。いざ場所を確保したら、訪問者の割り込みで、結局話せなかったので、何となくもやもやしちゃったからです。
もっとも、何か特別に話したいことがあったわけではないんです。……………言ってしまえば、只のもやもや解消です。
よってこの先の文章は、多分、思いつき書き殴りで、まとまっていませんので、あしからずです。


そもそも私は、一夫一婦制というのに、ものすごく違和感を覚えている。
あれは、生体的不利な輩が、その不利を無理矢理解消しようとして、倫理とか宗教観とか、を本来と違う形で持ち出して理屈付け、制度にしちゃったものだという認識。
元来人間は、もっと自由に恋愛をしていたはずなんだ。
でなければ、年中発情期なはずがない。
神が作りたもうたひと組の夫婦なんてもんを考えるから、運命のたった一人なんてものに縛られる。
どうして運命が何人もいちゃいけない?

生命体としての基本原理。「種族の保存」を考えるのであれば、優良遺伝子をなるべく多く残す可能性を捨て去るべきではなく、一生唯一なんてやってたら、確実に機会は減るので、一夫一婦制を制度とするまでは、まぁ経済原理として許すとしても、倫理観からくる社会的制裁を持ち込んじゃいけないと思うのよね。

と、まぁ、小難しいことは置いといて、(むやみに惚れやすいの言い訳をしてるわけじゃなくて、一応色々考察はあるんだよ。。って書いておくだけ。ちなみに私はまったく「惚れやすくはない」けど、惚れやすい人を否定もしない。むしろ羨ましいです。)恋愛至上主義の主張としては、恋愛はしないより、したほうが断然いいし、勿体ないから、たとえ社会的倫理観に反しても、恋愛感情に蓋をするな!ってのが、まとめだったりする。

もちろん、自分が選んだ社会の中で生きる以上は、社会からの主張も尊重しなければならないだろうし、上手く折り合いをつけなきゃいけないだろう。
幸い日本はそのあたり、折り合いを付けやすい社会だと思っている。
なにせ、元々多神教の国だから、恋愛は自由が基本という歴史が長い。
慎ましい日本女性はひとりの男性につくす、、なんてのは、西洋の文化が怒濤のごとく輸入されてからの短い歴史なんだから、日本人の根本部分には、まだまだ、おおらかな恋愛観が残っていると、私は信じてる。

社会倫理を振りかざさなきゃ女一人つなぎ止められない男なんざ、元々大したことはないんだ。
人間として魅力あれば、そんなものなくても、女は離れることはない。
これは、もちろん逆も言える。
夫婦なんだから浮気なんかするほうがおかしいと、制度に頼って自分を磨かなかったら、男はさっさと、より魅力的な女に魅かれる。当然じゃないか。
いつでも魅力的でいる努力をしていてさえ、生命体と言うものは、遺伝子の撹拌という使命を持ってしてか、より強い生命体を残すため、違う遺伝子との結合を望むのだから、努力しなかったら、結果は解りきったことになる。

制度で一夫一婦制を確立したことの、唯一の利点と言えば、子供を育てる責任の所在をはっきりさせたことなんだろうけど、それだってどうせなら、子供は社会全体で育てる制度を確立してくれていたほうが、子供にとってはよっぽど幸せだったんじゃないかと思う。

さて、そんな恋愛至上主義な私は、人の立場状況に関わらず、場所年齢に関わらず、恋愛奨励なのは、当然なのです。
「恋しなさい。」「愛しなさい。」である。
私に足りない恋愛要素と言えば、「愛されなさい」くらいだと……………。

どうも愛されるという受動は苦手で、愛されるよりは愛するほうが、状況的に好ましいと思ってしまう。おかげで、片想いばっかりいくつも抱えている。
ただ、例え両想いになっても、相手がたった一人主義だと、上手くいかないので、片想いのままでいいやとも思っている。
相手が自分と同じなら、、そりゃ、お互い楽しかろうとは思うけど。
その場合、お互い何人も恋人のいる、コミューン状態になって、それはかなり理想的。でもまぁ、なかなか難しい話なんだとは理解しているから、片想いのままでいいやと。
(このコミューン発想は、オリジナルではなくて、ハインラインの小説にある社会形態のモデル)

こんなことを書いていると、またどっかで、中年婆が男あさりしてるとか、言われるのかもしれないけど、中年どころか、私は色惚け老人になるのが夢なんで、いくらでも言ってくださってかまわない。
小学生のころ、祖母に言われた、「70になっても紅を引く気持ちを大事にしなさい」というのは、私の恋愛至上主義への道標だったとも言える。

そもそも人間は、愛することが気持ちよくできているんだから、人の恋愛をうだうだ言う前に、愛する快感をきっちり味わってみたらいいと思う。
知らないから、うだうだ言えるんじゃないの?と思われるのも、癪じゃないだろうか?
知っててうだうだ言えるのなら、そいつはよっぽど偏屈か、ほんとに誰かを愛した事ないかだ。
あ、もう一つあったか。
快感を否定する、禁欲主義者だ。

それこそ勿体ないお化けが出るよ。
快感は、生命体の栄養そのものなんだから!

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